ポスト・コロナ体調不良(PASC)の正体

新型コロナ感染症(COVID-19)の患者さんが増えるにつれて、感染を乗り越えてPCRでウイルスが検出されなくなった後も体調不良が何か月も残る患者さんたちが少なからずいることが判明してきました。

症状は倦怠感、慢性咳嗽、頭痛、気分の変動、集中力低下、うつ、不安、幻覚、胸の痛み、呼吸困難、動悸、息切れ、味覚・嗅覚の消失、耳鳴り、眩暈、しびれ、胃の不調、食欲不振、湿疹など多岐にわたります。

これらのCOVID-19後遺症は,これまでlong COVID,long-haul COVID,post-COVID syndromeなどと呼ばれてきましたが、その重要性を反映して2021年2月にアメリカ国立衛生研究所がpost-acute sequelae of SARS-CoV-2 infection(PASC)と呼ぶこと、ならびにその原因を特定し、予防と治療法を解明するためのプロジェクトを開始することを発表しました。

ウイルス感染をきっかけに疲労感が持続する病態は今回のCOVID-19に特異的なものではなく、以前よりウイルス感染後疲労症候群(PVFS)として知られており、PASCはPVFSの類似病態と考えられます。

COVID-19で重症肺炎を併発した患者さんがその後も息切れや呼吸困難を感じるのは肺に器質的な障害が残ったことで説明可能ですが、軽症のCOVID-19の患者さんにもこうしたさまざまな症状が認められるのはどうしてでしょうか?私は慢性上咽頭炎が関与している症例が少なくないのではと考えています。

慢性上咽頭炎の特徴は上咽頭の粘膜下のうっ血と浮腫でかならずしもそこにウイルスや細菌などの病原体が存在する必要はありません。COVID-19は「のど風邪」の原因ウイルスと知られる季節性コロナと同様に急性上咽頭炎を引き起こします。急性上咽頭炎では上咽頭に強いうっ血が生じますが、ウイルスなどの病原体がいなくなっても上咽頭のうっ血状態が残っているのが慢性上咽頭炎です。

上咽頭の慢性的なうっ血状態である慢性上咽頭炎が自律神経障害をはじめとする脳機能に影響を及ぼすことは、すでに1960年代に日本の耳鼻咽喉科医により報告されていました1, 2)。しかしながら、その後も医学界での注目度は低く、「慢性上咽頭炎」という用語は現在も一般の医学書には記載されていません。上咽頭は脳からの老廃物がリンパ管を通って深頸部リンパ節に向かうリンパ路の要所です。それゆえ、同部位のうっ血は脳から排出された老廃物を運ぶリンパ路の通過障害を来し、その結果として脳の機能異常が生じることが機序として想定されます3)

 

慢性上咽頭炎に対する最も有効な治療は塩化亜鉛溶液に浸けた綿棒で上咽頭を擦過する上咽頭擦過療法(EAT)です。

十分な検討はこれからですが、私を含め、PASCの患者さんを診療した日本病巣疾患研究会(JFIR)の医師らによれば、これまでのところ激しい慢性上咽頭炎が高率に確認されています。そして、中には咽頭痛などののどの症状や鼻の症状が全くないのに高度な慢性上咽頭炎を認めた方もいらっしゃいます。こうしたことから、PASCの患者において慢性上咽頭炎が存在する頻度が少なくないことが推察されます。

慢性上咽頭炎はEATで改善しうる病態であるため、慢性上咽頭炎が存在するPASC患者さんにおいて、安価で簡便なEATを積極的に試みる価値は高いと思われます。EATの実施施設に関してはJFIRのHPのEAT実施施設一覧(https://jfir.jp/chronic-epipharyngitis/)を参照してください。

EATは医師が行う治療ですので医療機関への受診が必要ですが、上咽頭のセルフケアとして自分でも簡単にできるのが鼻うがいです。鼻うがいによるCOVID-19の予防効果をランダム化比較試験で検討した臨床研究報告はまだないので、WHOはエビデンスがないとしてCOVID-19の予防としての鼻うがいは推奨していません。しかし、これまでの基礎的研究やウイルス性上気道炎に対する臨床研究などのエビデンスをもとにCOVID-19の早期の段階での鼻うがいを推奨する論文が最近になり報告されています4,5)。早期COVID-19に有効であれば、予防にも期待できると考えるのは妥当だと思います。また、慢性上咽頭炎の補助療法としても毎日1,2回の上咽頭を食塩水で洗う鼻うがいはお薦めです。

 

【文献】

1) 山崎春三: 耳鼻咽喉科. 1961;33:97-101

2)堀口申作: 日耳鼻会報. 1966;(補1)1-82

3) 堀田 修、田中亜矢樹:日本医事新報.2020;5007:30-36

4) Huijghebaert S: Eur J Clin Pharmacol. 2021; 27:1-19

5) Ramalingam S: J Glob Health. 2020 ; doi: 10.7189/jogh.10.010332

 

認定NPO法人日本病巣疾患研究会(JFIR)理事長

医療法人モクシン 堀田修クリニック(HOC)院長

堀田 修

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